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2007年10月18日 (木)

銀座に残された唯一の踏切

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銀座に唯一残った踏切です。 通勤途上、ふと見上げると踏み切りのポールが・・・

線路も無いし、遮断機も勿論ありません。 しかし、どう見ても「踏切」です。

ポール下の説明板を読むと、その昔、汐留駅と築地市場を結ぶ貨物線の線路がここに通っていたとのことです。

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説明書によると、昭和6年(1931年)から昭和62年(1987年)1月までの56年間、国鉄汐留駅と東京中央卸売市場築地市場との間を貨物引込線の踏切として使用されました。 最盛期には一日150輌に達する貨物車が通過しましたが貨物輸送の変化に伴い、汐留駅の廃止と共に引込線も撤去される事になりました。 しかしながら、多くの地元民の要望により、銀座には珍しい「鉄道踏切信号機」として、保存される事となりました。 昭和62年(1987年)12月 とあります。

東京都民の台所を支えた貨物線、それを忘れてはならないと保存を要望した地元の方、そして、今も尚、人々の生活を見つめている踏切、何となく昭和の人たちの暖かさを感じませんか?

通勤コースもたまには変えてみるものですね、思わぬ発見があります。

その、踏切を見下ろす高層ビルの背景も、もうすっかり秋の雲です。今夜は秋空の汐留ビルでお別れです。

では、又♪

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築地・銀座」カテゴリの記事

コメント

昭和の人達=私たちの年代
貨物線は人々の生活を支えていたのでしょうね

昔私鉄でホームが斜めに傾いた駅の沿線に住んだ事がありました
ホームに電車が入ってきていても=(入ってるから)
遮断機が下りたままで・・
あぁ~~その電車に乗りたいんだよ・・
地団太ふんで悔しかった駅も
今は高架になってずいぶん面変わりしてしまっています

♪そんな~時代もあったよね~~

ごめんなさい・・全然違う話になってしまった!!

秋の空ですね♪雲が・・
最近やっと夏の雲と秋の雲の区別が出来るように
なりましたヾ(≧▽≦)o

投稿: kei | 2007年10月19日 (金) 01時25分

kei さん、こんばんは♪

昔を思うと、あんな事こんな事、いっぱい想い出さ
れますね。
電車(?)では、蒸気機関車に乗ったことがありま
す。
いえ、今の記念乗車とか、観光用の機関車では無
く、生活用の汽車です。
トンネルではありませんが、陸橋の下を通る時、煙
が窓から入ってきてビックリした事を想い出しました。
私が小学校に上がるかどうかの年齢の記憶です。

♪話しかける様に揺れる、柳の下を通った道さえも
今はもう、電車から見るだけ~

明日のハイク、楽しんで来て下さい!
くれぐれも、ご無理をしませんように・・・
では、又♪

投稿: ぶんぶん | 2007年10月19日 (金) 22時32分

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